2011年6月27日月曜日

川崎で選挙広報戸別訪問を行いました!

KOREATOWNのアーチの前で
神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

しばらくぶりの更新になってしまいましたが、前回のエントリー「私たち在日韓国人も韓国の国政選挙に参加できるようになった件」でお知らせした在外選挙の広報活動の報告を、今回は行ないます。

韓国籍の在日同胞が2012年の韓国国政選挙(4月の国会議員選挙、12月の大統領選挙)に参加できるということは、残念ながらまだあまり知られていません。いえ、ほとんど伝わっていないというのが現状だと言えるかもしれません。

そこで私たち韓青では、この韓国国政選挙の在外選挙の実施を広く在日同胞社会に伝えて、在日同胞と祖国がつながる公正公平な選挙の実施のために、広報運動を行っています。「祖国と在日同胞を正しくつなぐ」のが韓青の役割ですからね。

ということで、5月は東京・三河島、6月は神奈川・川崎の池上町/桜本と在日同胞密集地に入っていき、広報戸別訪問活動を行いました。東京ももちろん反応が良かったのですが、やはり私たち韓青神奈川のお膝元、私スミスの生まれ育ったまちである川崎の広報活動について今回は報告します。

* * *

6月某日、梅雨時期にも関わらず晴れた休日。在日同胞形成の歴史がそのままマチになったような密集地、池上町/桜本に神奈川と東京の仲間で訪れました。もちろん今回の活動は神奈川県本部主導で行いました。

選挙広報戸別訪問を行なうにあたって多くの同胞宅を訪問するために同胞密集地(川崎、三河島など)を中心に行なっているのですが、効率的に広報活動を行なうということにとどまらず、やっぱり同胞密集地の成り立ちや現状なども勉強することが大切です。特に今回の活動を準備したメンバーには、神奈川の若い盟員や東京の仲間たちにも「川崎」という地域、そして密集地形成の歴史と在日同胞の現状を知って欲しいという思いがありました。

講師は神奈川委員長
そのため、タイトなスケジュールの中でも今回は地域に入る前に「川崎の在日同胞形成史」というテーマで学習会を持ちました。

京浜工業地帯の創成期と朝鮮人労働者の関係、日本の植民地支配、アジア侵略の深化と軍需産業の発展、そして「強制連行」による朝鮮人労働者の渡航、解放後の同胞密集地の形成、そしていまだに引き続く見えにくくなる差別の構造...。在日同胞の歴史を地域形成の歴史とともに学ぶことで、より立体的にその現在の姿が浮かび上がってきます。

また、なぜ道が「セメント通り」「鋼管通り」なんて名前なのか、川崎区の半分以上が企業用地でリアルに工場の町であること、「開かれた地域社会」と在日同胞の現実、工場→公営ギャンブル→歓楽街と労働者が搾取されるようにデザインされた町の実体など、川崎在住歴30年以上を誇る講師(笑)がリアルな実体験も絡めて解説しました。

* * *

そして関東最大規模の同胞密集地である川崎・池上町/桜本に移動して、選挙広報の戸別訪問を行いました。

いくつかのグループに分かれて最も密集している地域である池上町、そして桜本の同胞宅を片っ端から訪問し、2012年の在外選挙実施のお知らせとアンケート調査の協力を行なっていきます。

同胞との出会いの瞬間
韓青(以下、韓):「アンニョンハセヨ!2012年に在日同胞も韓国の選挙に投票できるようになったのですが、ご存知でしたでしょうか?」

地域同胞(以下、同):「ふ~ん、知らなかったですけど、そうなんですねぇ。」

韓:「そうなんですよ。でも、まだあまり知られていないので、いま広報活動しているんです。」

同:「そうなんですか。へ~、結構興味ありますよね。でも、それって何時やるんですかね?どうやって投票するのかとかも良く分らないし。」

韓:「4月の国会議員選挙と12月の大統領選挙の2回の選挙に参加できて、具体的には・・・」

というような感じで、訪問した青年の話に興味深く耳を傾けてくださる方がほとんどで、国政選挙に直接参与できることに対する期待感の大きさを感じました。また聞くだけでなく大いに語ってくださる同胞も多く、話すだけでなく選挙に参加したいという声も多く寄せられました。

最初は知らないお宅に突然訪問するのに尻込みしていた青年も、その反響に勇気と確信を得たのもあってか、最後には我先にと玄関のチャイムを押すように。もちろん地域の在日同胞に広く伝えることが目的なのですが、逆に地域の方との対話によって私たちが「祖国と在日同胞を正しくつなぐ」ことができるという気持ちをもらえることがまた励みになったりして。

民族意識が希薄化し、同胞密集地が解体傾向にあると言われて久しいですが、地域の在日同胞はつながりを求めていると思いました。年齢を重ねた一世やアボヂやオモニの二世世代だけでなく、青年の反応もかなりあって、同胞同士がつながること、祖国、民族とつながることを求めているんだなぁと実感しました。

結果として多くの同胞宅を訪問して、たくさんの方のアンケート協力をいただけましたし、とても意義深く実りの多い広報活動になりました。

まだまだこれから地域に入っていきますので、インターフォンが鳴って同胞青年が訪ねてきたら、ぜひ話に耳を傾けてみてください。

韓国 選挙

2011年6月4日土曜日

私たち在日韓国人も韓国の国政選挙に参加できるようになった件

投票はこちらへ
神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私たち在日韓国人も来年から韓国国政選挙に投票することができるようになりました。

今回は私たち在日同胞も参加するようになる2012年の韓国国政選挙の在外選挙について、お知らせしていきたいと思います。

 * * *

韓国の国政選挙といっても、ピンと来ない方も多いと思いますので簡単に説明していきます。

まず私たち在日同胞が参加する国政選挙とは、具体的には以下の二つです。

  • 2012年4月11日投票の第19代国会議員選挙(比例代表)
  • 2012年12月19日投票の第18代大統領選挙

この二つの国政選挙への在外韓国籍同胞の投票が可能になりました。

詳しいことは、韓国の中央選挙管理委員会の在外選挙ホームページをみていただけるといいのですが、現状でわかっている限りで大づかみな投票までの流れは、

  1. 在外公館(該当地域の領事館)を直接訪問し「在外選挙人登録申請書」を提出
  2. 中央選挙管理委員会が「在外選挙人名簿」を作成
  3. 在外投票用紙・在外選挙案内文などを在外選挙人へ送付
  4. 在外公館で設置する在外投票所へ直接行って投票

となっています。分かっている部分で要チェックな具体的な行動としては、

  • 選挙人登録と投票の計二回、在外公館へ直接行く
  • 在外選挙人登録申請には、旅券のコピーと外国人登録済み証明書が、投票には、旅券と送られてきた投票用紙、発送用封筒、回送用封筒が必要

ということだと思います。

投票までの大まかな流れ、日程は在外選挙の日程にある通りです。

  • 第19代国会議員選挙の在外選挙人登録申請は、2011年11月13日から始まり、実際の投票は、3月28日から4月2日
  • 第18代大統領選挙の在外選挙人登録申請は、2012年7月22日から始まり、実際の投票は、12月5日から12月10日

さて、このように制度や日程が決まってはいますが、実際のところ、在日同胞社会において、このことが広く知られているとは言い難い状況です。実際、私たちも地域の在日同胞とこの話題で話をすると、ほとんどの方には伝わっていないのが現状です。

在外選挙の実施を知っている方でも、具体的にどのような資格要件があり、どのようにしたら選挙人登録ができるのか、どこで投票をするのかといった具体的なことについては、ほとんどご存知ありません。

そこで私たち韓青では、この韓国国政選挙の在外選挙の実施を広く在日同胞社会に伝えて、在日同胞と祖国がつながる公正公平な選挙の実施のために、広報運動を行っています。「祖国と在日同胞を正しくつなぐ」のが韓青の役割です。ここで先鋒にたってやらなきゃ、韓青の名がすたるというものです!

全国の仲間たちがそれぞれ同胞密集地域を回っているのですが、私たち韓青神奈川は韓青東京の仲間たちと一緒に、神奈川、東京の同胞宅を戸別訪問して広くこの事実を伝えていっています。そして、あわせてアンケート協力をお願いして、在外選挙に対する意見を集約する活動も行っています。

また、在外同胞全般向けの中央選管のもの以外にも、在日同胞向けに選挙広報をしていて、有用な情報を得る機会もあるので、その紹介なども行っています。ネットでのアンケートもあるので、ぜひやってみて欲しいです。

【ウリ選挙在日参与センター】

なにぶん初めての在外選挙ですので、これから決まることも多く、手探りの状態ですが、どんどん盛り上げていけたらいいですよね。私たちの声が直接祖国の国政に反映されるっていうのは、とてもワクワクすることですよね?そして、祖国の国政選挙に参加できるって事実、知らなきゃ損でしょ?

これから、選挙を盛り上げるために追加の情報も随時アップしていきたいと思っていますので、ご期待ください!

韓国 選挙 在外

2011年6月2日木曜日

在日男子求む!

神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

韓青神奈川は大変楽しく、そして真面目に、社会変革も目指して活動を行なっているのですが、今日は在日男子の参加を促すため(笑)のエントリーです。

最近の韓青神奈川のいくつかの特徴について。

  1. 女子率高し!
  2. 本気で学んでます。(当たり前だけど)
  3. 鍋、はじめました。


まず第一点目として、素敵な女子が多く参加してます。

今までの秋期は「女高男低」、というか女子率が以上に高くて、男子である私スミスは肩身の狭い?思いをしていたため、この春に捲土重来を期しておりましたが、この春からはさらに女子率が上がりました。(笑)

いやいや、みなさんとても素敵なんですが、さすがに女子ばかりだと私も萎縮してしまうもので...。新しい男子の受講生も参加する予定なのですが、もう少し先からということ...。在日女子と知り合いたい神奈川県下の在日男子は、韓青神奈川に急げ!(笑)


そして、第二点目として、韓青神奈川のウリマル教室、歴史学習会はマジで学んでます。

私スミスも「二十歳も越えて週一回の授業で言葉を覚えられるかよ。まぁ飲みが楽しいし、授業はマナー程度に参加かな」なんて、学びはじめには思っていましたが、数年後には講師に!飲むだけじゃなかった。

言葉だけでなく、歴史や在日同胞を取り巻く状況、祖国や社会の問題、生き方についても熱く語り合えます。韓青では中途半端に濁すようなことはしません。無理やり押し付けることはありませんが、ガツンと学べる場です。いうなれば、男、磨けます。


第三点目として、韓青神奈川はガッツリ食えます。飲めます。

外での飲食も好きですが、最近は活動のある時は本部で鍋を用意して、みんなでつつきながら交流を深めてます。リーズナブルかつ満腹。もちろんお酒も各種準備してあるので、ガッツリ飲みたいという男子も満足できると思います。

昨今話題の料理男子ならば、キッチンもしっかり使えるので、食べるだけでなく大いに腕を揮っていただけます。本気で大歓迎です。

食べて、飲んで、語る。これはコミュニケーションの基本です。今ならもれなく私スミスがとことん付き合ってくれる特典も用意しているので、腹を満たし、心を満たすなら、韓青神奈川へゴーでしょ?


ということで、韓青神奈川では在日同胞青年、特に男子の参加をお待ちしております。


在日 韓国

2011年6月1日水曜日

2011年度春期ウリマル教室開講式を開催しました!

神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

このブログではお知らせが出来ていませんでしたが、光州民衆抗争から31年目の5月18日、韓青神奈川のウリマル教室で「2011年度春期ウリマル教室開講式」を開催しました。

韓青では春と秋の年二回、ウリマル教室の開講式を行なっていて、開講式を契機に韓青に出会う青年がたくさんいます。特に春は何かを始めるにはいい時期ということもあってか、多くの同胞青年が韓青の門を叩きます。

韓青神奈川でも、この春期開講式から新しい盟員、受講生を迎えて、2011年の授業が始りました。少し遅くなりましたが、上半期の教室事業の出発点でもあるので、当日の模様を報告したいと思います。

 * * *

開講式は本部事務所で行なわれ、以前から参加している受講生もそれぞれ役割をもって臨みました。内容としては、以下のとおり。
  1. 主催者あいさつ -「ウリマル」を私たちが学ぶことの意味
  2. オリエンテーション -韓青、教室の紹介
  3. 模擬授業 -ウリマルで好きなものを言ってみよう!
  4. 成果発表 -「在日として韓青で学び始めて」受講生より弁論
  5. 講師・班発表
  6. これからの行事案内 -学習会、サマーキャンプなど
  7. 在外選挙についてのアンケート
韓青との出会いをウリマルで
今回の目玉は、受講生による成果発表でした。ちょうどウリマルに通い始めて一年のウッチーが弁論してくれたのですが、この出来が本当に良かった。内容ももちろんなのですが、一年でこんなにウリマルが出来るようになるんだ!という希望を参加した人に与えられたと思います。何気に講師だった私としても、ちょっと誇らしかったです。良きかな、良きかな。

もちろん実践的な模擬授業やiPadを駆使したベテランの名司会も素晴らしかったです。在外選挙についてのアンケートにも協力してもらったのですが、結構関心が高いなぁと思いました。

そして終了後は、事務所でプデチゲを囲みながら交流会。ビールやマッコリで喉を湿らせながら、はじめましての人も交えて親交を深めました。いや、やっぱり打ち上げのビールは美味かった。

恒例の「在日同胞度診断テストin2011春」も行なわれ、みんな在日同胞度が結構高いということが明らかに。やっぱり街で前から目の細い人が歩いてきたら「同胞?」とみんな思うんですね。(笑)

また、連休を挟んでだいぶ遅くなってしまったけれども、受講生ヒャンの誕生日もあわせてお祝いしました。いや、めでたいです。

2011年、春。いいスタートが切れました。新しい参加者も増えてきて、これから韓青神奈川がますます面白くなっていくなぁと思います。


春のウリマル授業はすでに始っていますが、途中から参加することももちろん出来ますので、横浜のウリマル教室に参加してみたいなという在日同胞青年は、気軽にお問い合わせくださいね。


韓国語

2011年5月31日火曜日

光州31周年集会を開催しました!

神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

今日は5月最後の日です。5月が来れば思い出すのは、やはり光州です。1980年5月、真の民主主義を求めて立ち上がった光州市民の光の記憶。私たちの祖国の民主主義は血の堆肥の上に根を張っているということ。アメリカによって民族の自主権を奪われつづけているという現実。

だいぶ時間がたってしまいましたが、5月最後の日に光州31周年を記念した私たちの行動の報告をしておきたいと思いましたので、5月15日に行われた「光州民衆抗争31周年-在日韓国人関東地域集会」の報告をしたいと思います。

 * * *

今回の集会は、地域ごとに全国で開催したのですが、私たち韓青神奈川は東京で開催された関東地域集会に参加しました。

5月7日に行った炊き出しの映像まとめや国内の進歩政党の創党11周年の記念映像などの上映から始まり、韓統連中央の孫亨根議長の記念講演「朝鮮半島の平和を実現し、2012年政治決戦に勝利しよう!」、韓青も取り組んでいる来年の在外選挙の広報運動についての報告、決意表明や決議文の採択が行われました。

激動する朝鮮半島を取り巻く情勢、韓国の国内情勢、そして日本、在日同胞を取り巻く情勢を学ぶとともに、真の民主主義を祖国の地に打ちたてるために2012年の国政選挙で6・15勢力が勝利することが、光州民衆抗争の精神を継承する私たちの現代的な課題であるということを確認しました。

朝鮮半島の平和と2012年の政治決戦勝利、光州民衆抗争精神を継承して自主・民主・統一を実現すること。光州民衆抗争から31年目の今年、韓青はさらなる運動にまい進していくことを決意しました。

 * * *

個人的にも、光州民衆抗争には大きな思い入れがあります。

初めて韓青で祖国、韓国の歴史を勉強したときに、1980年に光州で戒厳軍による市民虐殺があったという歴史を知りました。「ルーツはあるけど遠い国」としてそれほど興味のなかった祖国でしたが、まさかそんなに苦しい歴史があったなんて...。好きでも嫌いでもなかったけど、悪い国だったのか...。こんなんじゃルーツを誇りに思うことなんかできないと思いました。とてつもなくショックでした。

しかし、虐殺という悲惨な事実とともに、血を流し倒れた光州市民が祖国の真の民主主義のために立ちあがったという事実も知りました。恐怖と悔しさで押しつぶされそうだった私の胸が、力強くドクンと脈打ちました。初めて自分に韓国の、朝鮮民族の血が流れていることを、誇らしく体感した瞬間でした。

歴史を学べば韓国の民主化が、自由と民主主義、統一を求めた民衆の犠牲によってに勝ち取られてきたということがわかります。特に光州が流した血の堆肥の上に育った樹木が、いまの自由と民主主義の土台となっているといえるでしょう。

5月が来れば、思い出す。

再び民主主義が後退させられている現在、前に倒れた先達を越えていく私たちが何を継承し、何を行っていくのか。5月に来れば、問いかけます。

民主 光州

2011年5月30日月曜日

更新を再開します。

神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

この間、まったく更新されていませんでした、この韓青神奈川ブログ。というのも、渾身の被災地ボランティア報告エントリーが急に飛んでしまったために、管理人がブログ更新の意欲を失ってしまっていました。

くそぅ、Google...。けっこう信頼していたのに...。

ですが、そう落ち込んでばかりもいられません。この5月はたくさんのイベント、新しい仲間との出会いなど、盛りだくさんでしたし、活動の報告もしていかなければなりません。

ということで、気を取り直して今日からまた更新を行なっていきます!

チャルプタッカゲッスムニダ~!

韓国

2011年5月9日月曜日

東北に炊き出しに行ってきました

負けんでねっど!炊き出し隊
神奈川県下、そして全国の在日同胞青年のみなさん、アンニョンハセヨ?

韓青神奈川ブログの管理人をしています、スミスです。

以前に告知していた通り、5月7日(土)に宮城県の避難所を訪問して、炊き出しを行ってきました。神奈川からも車を出して、有志のメンバーで参加してきましたので、今回はその報告をさせてもらいます。

今回訪問したのは、宮城県亘理郡山元町の山元町立山下中学校。福島よりの場所に位置し、今回の炊き出しをコーディネートしてくれた仙台在住のS先輩の出身地でした。

今回はもともと女川に行く予定でした。女川は元従軍慰安婦の宋神道ハルモニが住んでいた町で、かねてからS先輩が支援活動などでよく訪れていたという経緯があり、今回もぜひそこにという話だったのです。ちなみに宋神道ハルモニはご自宅は津波の被害にあわれましたが、ご自身は無事で、現在は別の場所に避難していらっしゃいます。

しかし、女川は被災地として有名になってしまったために、ゴールデンウィークということもあり、多くのボランティアの方が入っていて大変混雑しているという情報があったので、今回はもうひとつS先輩が縁のある場所として、山元町に行くことになりました。

 * * *

ということで5月6日の夜、神奈川県本部に集合して、カセットコンロや鍋、キッチンペーパーなどを準備した私たちは、全体集合のために秋葉原へ。今回の炊き出しに参加する他地域のメンバーと合流して、結団式をもった後、それぞれの車に乗り込んで一路北へ。

神奈川号
神奈川の車には、韓青神奈川のツートップと三重から原チャリで参加したチェビョ(厳密には三重まで原チャリで帰る)、多くの学生の支援を携えて大阪からやってきた学生協関西のカンチ、そして民族時報社記者兼韓統連東京の東大院生SYHさんという濃すぎるメンバー。

車が走り出しても後部座席に座った初対面のチェビョ、カンチ、SYHさんが全く会話してなくて、運転しながら大丈夫だろうかと心配になりましたが、そのうち仲良くなるだろうと放置。でも心配もなにも、次の日が本番でもあるし、夜の車移動=運転手を気遣うふりしていかに寝るかが勝負だったようです。

東北道は渋滞することもなくスムーズにいきました。ただ、福島県を走っている時は、やはりピリッとした緊張感をもちました。こういうのが風評被害とかにつながっていくものなのかもしれないと思いながら、でも緊張してしまう自分。SAの店員さんがマスクしているだけで、いろんな想像をしてしまう。思っている以上に染み込んでいるものがあるんだと実感しました。

そして仙台・宮城料金所に無事到着し、今回の炊き出しをコーディネートしてくださったS先輩ご夫妻と合流。仙台駅で群馬、そして北海道!からこられた先輩方、そして実家のある仙台に戻って復興のために汗を流している韓青東京のダニーとも合流しました。

仙台市内の主要部分は、一見普通のようです。思った以上に普通の生活があり、初めて行きましたが綺麗な街でした。しかし、ちょいちょいビルにネットがかけられています。どうやら壁やタイルなどが落ちてしまうのでかけてあるようです。

仙台市内のビル
また、自衛隊車両も結構走っています。被災地に向かっていく道は、特に多かったです。意識するまでもなく震災の爪あとは、いたるところで見られました。


自衛隊車両
炊き出しの場所である山元町立山下中学校に向かう前に、津波で直接的に被害を受けた沿岸地域も、車中からですが直接見ることができました。ゆりあげ地区、そして福島に入って沿岸地域をみてきました。

車窓に飛び込んできた荒廃した景色
津波で被った海水が残る
道の路肩にうちあげられた船
うち捨てられている半壊した車
何もなくなってしまった街の風景
積み上げられた瓦礫

絶句です。

ひしゃげたガードレール、打ち捨てられた半壊の車、道路脇にうちあげられている船、破壊された家屋、そして津波で流されてしまって何もなくなってガランとした寂しく、恐ろしい街の風景。福島、宮城、岩手まで何百kmとこの光景は続いているという現実が、はじめて実感として、恐怖として襲ってきました。

車内には、カメラのシャッターを切る音だけ。その時僕たちにできたことは、とにかくこの事実を焼き付けようということ。もちろんそれは「記録」という意味合いでもあるのですが、それよりも自分自身に「記憶」として焼き付けようという意識だったと思います。

* * *

そうこうして、今回の目的地、炊き出しを行なう山下中学校に到着しました。思った以上に綺麗な中学校でしたが、ここには約300人の方が避難生活を送っているとのことで、敷地内にテントも多かったです。

避難所に到着
避難所内にテントも
早速テントを建てて、準備を開始しました。トックの調理、キムチやコーヒーなども準備しました。民主女性会の先輩方の指導の下、みんなで美味しいトック作りに真剣です。

テントを建てて炊き出し準備開始
トックの調理中
コーヒーや柚子茶も
実は、スミスをはじめとした運転手4人は、夜行での往復の先発完投を目指していたために、現地ではひたすらに休息をとらせていただきました。

本気の爆睡(笑)
ともあれ、炊き出しには避難所のたくさんの方が来ていただいて、みなさん口々に「美味しいわぁ」「いつもと違うものだから嬉しい」との声をいただけました。特にキムチはニオイもあるので同かなと思っていましたが、とても好評でこちらがビックリするくらいでした。

たくさんの方が召し上がってくれました
トックだけでなくキムチも人気
そして、今回は炊き出しだけでなく、韓国/朝鮮の伝統楽器の演奏も披露してきました。避難所生活ではなかなか娯楽が少ないということも聞いていたので、韓青の十八番であるサムルノリをやってきました。

鯉のぼりバックでキルノリ
体育館でサムルノリ
練習の時間もとれなかったので、演奏の出来に関しては・・・まぁまぁといったところでしたが、現地の中学生をはじめとして、避難所の方々が楽しんでくれたのが何よりでした。

また、直接お話を聞いたり、交流する時間ももてたことは、とても貴重な体験になりました。

明るい中学生
ただ、明るい交流の中にも、ご家族や友人、知人がいまも行方が分らないといった会話があり、あらためて今回の被害が深い傷を生々しく残っていることを感じさせられました。

そうこうしているうちに長めのランチタイムも終わり、日も少し傾きかけてきた頃に炊き出しは約300食を出し切って無事終了しました。

みんなで「負けんでねっど~!」
最後にみんなで記念写真を撮りました。シャッターの掛け声はもちろん、「負けんでねっど~!」

* * *

しっかりと後片付けをした後は、避難所を後にして一路仙台市内へ。ここで、ボランティア隊の疲れを癒すためにとS先輩が温泉を準備してくれていました。逆に申し訳ないと恐縮しつつ、さっぱり汗を流して一休み。

風呂は命の洗濯です
さらに、温泉で疲れを癒した後には、仙台名物の牛タン定食で打ち上げ!なんだか本当に申し訳ないなぁと思いつつ、がんばった後のご飯は最高の味でした。

牛タン定食うまし!
もちろん食べるだけでなく、それぞれの感想やこれからの自分の行動、決意についても、この打ち上げで語り、約束しました。「忘れちゃいけない」ということから、それぞれの行動につなげていこうという思いを、全員が確認したと思います。

そして、ここで最後に語られたS先輩のお話がとても印象的だったので、意訳になりますが引用しておきます。
もちろん物理的な被害もそうなのですが、被災したすべての人は、つらさを胸に抱えています。けれど、横にいる人も同じように被災した人であり、つらさを抱えているので、胸の内を語ることが出来ません。語ることの出来ないつらい思いは、澱(おり)の様に積もってしまいます。みなさん、一日でも数時間でもいいので、被災地を訪れてください。そして彼らの話を聞いてあげてください。自分には出来ることがないと思わないでください。語ることで救われることもあるのです。一人でも、週末だけの少ない時間でも、来たいと思う方は自分に連絡をくれれば、コーディネートします。よろしくお願いします。
語ることですべてが晴れるわけではない。けれど、語ることで積もり凝り固まってしまう悲しみを和らげることは出来る。誰にでも語るべき時が必要ですよね。在日同胞として、「身世打鈴」が身に染みる僕らとしては、なおさらそう感じてしまいました。

打ち上げを終え、車にみんなが乗り込み、一路南へ。神奈川号は日付が変わった頃には渋谷を経由して、横浜に無事に戻りました。総移動距離は850キロ、事故が無くて何よりでした。

 * * *

今回の炊き出しは、
  1. 対策委員会に寄せられた義援金を有効に活用して、会員および同胞、日本人被災者を炊き出しで慰労し、激励を直接送る。
  2. 炊き出し活動で被災現地に行くことで被災者の痛みをともにし、原発災害の克服にむけた各自の責任意識を高め、今後の活動の糧とする。
という趣旨で行いましたが、目的を立派に果たして帰還したと評価できると思います。

そして、被災から2か月という時間の経過も実感させられました。瓦礫は片付いていると言うには程遠いにしても、徐々に整理されつつあるそうです。また、避難所から生活の糧をもとめて、仕事に行かれている方々もいらっしゃるそうで、思った以上に、避難所にいる方が少なかったのも事実です。人が生きていくということの現実的な重さを知らされました。

炊き出しにこられた方は、高齢の方や子どもたち、山下中学の生徒、避難所のスタッフのかたなどでした。いわゆる働き盛りの男性の数は少なかったように思います。しかし、避難所で生活されているということは、つまり、地震と津波で家をなくされた方がたで、肉親をなくした方なのです。トックを渡すときに交わす短い言葉に、被災という現実の重さがひしひしと伝わってきました。

参加者にはそれぞれに、いろんな宿題を与えられたと思います。韓青神奈川としても継続して出来ることを行なっていきたいと思います。

東北 身世打鈴